〇大阪市による却下裁決に関する私見
平成28年7月22日付の審査請求書(行政不服審査法第19条1項、2項)により、当職らが行政不服審査法第2条及び第4条4号に基づき大阪市に対して行っていた処分庁大阪市水道局による使用水量の「認定」拒否(大阪市水道事業給水条例第21条1項但書)の取消しを求めた(行政不服審査法第1条)審査請求が審査庁たる大阪市によって却下された(行政不服審査法第45条1項以下「当該裁決」と記す。)。
大阪市に確認したところ、本件は却下事案であるので、大阪市行政不服審査委員会に諮問しないとのことである。(行政不服審査法第43条1項6号)。従って、審査庁たる大阪市が行った当該「裁決等の内容」に関して「公表」は行わないとの事である(行政不服審査法第85条)。
当職らは、上記処分庁大阪市水道局による「認定」拒否「大阪市水道事業給水条例第21条1項但書)の行政処分性を否定した大阪市の裁決の論理構造に納得するには至っていない。その上、行政不服審査法に基づく「不服申立てを不適法として却下できるのは、申立書の記載事項及び添付書類に不備がありしかも補正がされないとき、処分の内容として記載されている事項が明らかに不利益処分を含んでいないとき、不服申立人の資格を欠いているとき、申立ての期間が徒過しているときなど明白な形式的要件を欠く場合に限られ、そのための調査範囲も右の形式的要件の存否に限られる(京都地判昭46年11月10日判タ二七二・二八四)」との裁判例及び「審理員が主宰した審理手続や審理員の事実認定・法解釈の適法性・妥当性を審査するという行政不服審査委員会の役割」(宇賀克也著『行政不服審査法の逐条解説第1版』)に鑑みるならば、処分庁大阪市水道局による使用水量の「認定」拒否(大阪市水道事業給水条例第21条1項但書)が「明らかに不利益処分を含んでいないとき」に該当し得ると何故、大阪市が断定し得るのかに関しても甚だ疑問を抱いている。
ここで、行政不服審査法第43条1項6号の条文の意義に関して私の拙い見解を開陳しておきたい。同法同条1項本文は、「審査庁」に対して、原則、「審理員意見書の提出を受けたときは」、「行政不服審査委員会」への「諮問」を要求している。それにも拘らず、審査庁が、「審査請求が不適法であり、却下する場合」(同法1項6号)には、例外的に、審査庁は、当該審査請求を行政不服審査委員会に諮問することなく、審査請求を却下することが可能となる。穿った見方をするならば、審査庁は、自身が行政不服審査委員会の諮問にかけたくない審査請求は、行政不服審査法第43条1項6号を適用することにより、全ての審査請求を当該審査請求を不適合として、却下することも可能となり得る。行政不服審査法第43条の趣旨は、「審査員は審査庁の職員でもあるので、一層の公正性を確保するためには、有職者からなる第三者機関等に諮問することが望ましい」(宇賀勝也著『行政不服審査法の逐条解説第1版』)ということに在ることを改めて明記すべきであると思われる。私の解釈の妥当性に関しては、後日平成28年4月1日より施行されるに至った改正行政不服審査法の立法過程を検討することにより、検討を行いたいと考えている。尚、これには、「立法事実」論の考え方が有益だと考えいてる。(「立法事実」論に関しては、遠藤比呂通著『希望への権利 釜ヶ崎で憲法を生きる』、同『市民と憲法訴訟』を参照願いたい)。
行政契約の典型例として基本書等(『櫻井淳子・橋本博之『行政法第5版』、藤田宙靖『行政法総論』、塩野宏『行政法1行政法総論第6版』、芝池義一『行政法総論講義第4版補訂版』、大橋洋一『行政法①第3版』及び原田尚彦『行政法要論全訂第七版〔補訂二版〕』)で説明されている水道供給契約は、確かに、最高裁決定(最決平成15・10・10)により「私法上の契約」と規定されるに至った。しかし、水道法第14条により「水道事業者」に「定め」ることが義務付けられている「供給規定」たる水道事業給水条例に基づくありとあらゆる行為の行政処分性の否定迄をも上記最高裁決定(裁決平成15・10・10)から演繹することには無理があると思われる。
そこで、公法学たる行政法学からは「水道水供給契約は私法上の契約であるとしたうえで、『行政契約』特有の法理を検討することが肝要である」との重要な指摘が行われている(正木宏長「水道事業の民間化の法律問題ー行政契約の現代的展開ー」『立命館法学2008年1月号』)。他方、私法学たる民法学からは、個別交渉が排除され、統一的・画期的な扱いが要請される「『公的』性質をもった」供給契約である「一般家庭への電気・ガス・水道の供給契約」を『制度的契約』という概念で把握」する必要性が提唱されている(内田貴『制度的契約論ー民営化と契約』」。但し、各事業者が我々市民に供給する「電気・ガス・水道」の日常生活の営みにとっての不可欠性はその性質の面においては共通性を有しているが、その供給主たる事業者の相違即ち電気及びガスが株式会社によって供給されるのに対し、水道は専ら地方公営企業によって供されていることから生じる供給契約に基づく行政処分性の有無こそが本却下事案においてまさしく問題になっていることを明記しておく必要があると考えている。(詳細に「処分と公権力の行使の関係を検討する」論考として松塚晋輔「処分と公権力の行使の関係」『久留米大学法学第72号』を参照)。そして、公法学たる行政法学、私法学たる民法学両者の共通点は、水道供給契約にいかようにして、「公益的規制を及ぼ」していくのかというとこにあると言えるのではなかろうか(内田貴『制度的契約論ー民営化と契約』)。
この様な問題意識が公法学者及び民法学者によって各々論理展開されているなかで、上記大阪市による本却下事案裁決は、本当に妥当性を有するのか、否か。大阪市にとって最初の大阪市水道事業供給条例第21条1項但書の「認定」の行政処分性の有無を巡る審査請求事案が、大阪市行政不服審査会に諮問されることがなかった事実は非常に残念としか言いようがない。
専修大学法学部白藤博行教授は「改正行審法も施行されて間がないことから、いろいろな問題点がまだまだ山積みで」あり、「行審法改正にもかかわらず、審査請求事件数は減少し、相変わらず棄却・却下事件は多く、特に審理員審理段階における弁明書の記述内容、処分庁等の事実証明書類の閲覧や写しの交付、争点整理、口頭意見陳述の教示・活性化・運用・記録など、様々な問題等が」ある旨「指摘」することにより、実際の行政不服審査法に基づく審査請求を巡る現状の問題点を鋭く指摘しておられる(『月間日本行政2018 7月号 行政書士の任務と仕事の明日 ~行政手続の達人を目指して~ 』)。実際、本却下事案においても、大阪市によって指名された審理員による事実認定、証拠採用の基準及び内規の解釈等に関しては大いに不信感を抱かざるを得ない面があると考えている。
本件に関しましては、2022年3月18日、大阪市水道局による、大阪市水道事業給水条例第21条第1項但書及び第32条本文の適用によって、解決いたしました。
2022年3月29日
特定行政書士 深尾洋三